スペインの思い出【その1】旅に出ようと思ったら
2005年11月1日 旅行スペイン旅行記
忘れた頃に更新と相成りました。
本人も、帰国したばかりの新鮮な感動を掘り起こす旅行記執筆。
今回の旅行記は1日ごとの日記ではなく、題名ごとの小編エッセイの形式にして、完結したらまとめてHP本体に更新する予定。
ここには、こつこつ書き溜めてこっそり更新(笑)。
なぜなら1ヶ月2ヶ月ではなく、たった4泊6日の旅行だったから。
一度日本を出たら陸路で何本かの国境を越えるのが私流の「旅」だったのに、シャカイジンで、お金は学生時代よりあっても、まとまった時間が取れなくなった今は、「旅」は出来ない。「旅行」しか出来ない。
【旅に出ようと思ったら】
遅れてやってきた夏休みが8月末から9月頭に取れることが確定したのは、8月に入ってからのこと。
夏休みは5営業日分。前後の土日をフルにくっつければ9日間。
かつての私にとって、海外へ「旅」に出るのは、短くても1ヶ月単位だったから、たった9日間で「旅」に出る気はさらさらなかった。
でも、今の私にとってはこれが確保できる最も長期の休暇だ、ということに気づいたのは8/5あたり。
そうしたら、むずむずしてきた。
もう2年も日本から出ていない。
デンマークには私との再会を待っていてくれる人たちがいる。
ここで行かなきゃいつヨーロッパに戻れるの?
そして、旅立ちを決心した。
この時点での行き先は、何も悩まずデンマークだった。
とはいえ。
国際便の航空券を買うときの常識として、あるいは、格安航空券購入の常識として、
「2ヶ月前までに空席を押さえ、変更やキャンセルが可能なのは1ヶ月前まで」というものがある。
1ヶ月をきってのキャンセルは不可能ではないのだが、キャンセル料を取られる。「格安」航空券を買う人間にとって、キャンセル料を払うなんて狂気の沙汰だ。
だから、出発まで3週間あるかなしかという時期に航空券を探し始めるのは、、私にとっても未知の経験だった。
?インターネット
SEという職業になる前からこんなHPを主催してる私にとって、インターネットは非常に身近だ。
「大学生協」という心強い味方を使えない現在の身分では、やはり手っ取り早い情報収集はネットからということになる。
格安航空券の検索から、空席状況照会まで何でもできる。
ただ、さすがに格安とはいえヨーロッパ便は10万そこそこはするから、ネット上で購入するには勇気がいる。
?旅行代理店勤務の友人
しかし、こういうときの強い味方が身近にいた。
大学時代のオケ仲間でロシア語のできるT氏がロシア系に強い旅行代理店に勤めているのだ。
空席照会の結果だと、安さから考えればモスクワ経由のアエロフロート(ロシア航空)だったこともあり、
さっそくT氏に詳細な時間を含めた空席チェックをお願いする。
?勤務先最寄の旅行代理店
現在の私はなんちゃて丸の内OLだったりする。
自分の所属する会社ではなく、お客様のところに常駐して仕事をしているためだ。派遣というわけではなく。
IT業界的には普通の勤務形態の1つ。
まあそれはともかく、丸の内エリア再開発で丸ビルやらオアゾやらでかなり「イマドキ」な街で働いている地の利を活かし、昼休みに情報収集を兼ね、某大手旅行代理店にパンフレットをあさりに行った。
と、そこで。
見つけてしまったのだ。
私を呼んでいる1枚の写真を。
サグラダ・ファミリアが私を呼んでいた。
帰国して2ヶ月近くたつ今考えると、その前の週末に読んだ、サグラダ・ファミリアの彫刻家外尾悦郎氏のインタビュー記事が意識の片隅に残っていたせいだろうけど。
ともかく、急転直下、スペインに行きたい気分になってしまったのだ。
しかも。
20万そこそこでJAL往復とホテル4泊とバルセロナ半日観光つき、余分なぞろぞろ観光は一切なしのプランも良かった。
日本人の観光客のステレオタイプとしてデンマーク人によく言われた、カメラぶら下げて大人数でぞろぞろとガイドさんの後について歩くのって性に会わなくていらいらする人間だし。
そもそも、12カ国も個人旅行してきた人間が、いまさらそんなツアーにのるわけがない。
航空券と初日の宿だけ押さえて飛び出しちゃうのが私流だった。
でも、スペイン語圏は初。
英語がどこまで通じるのかがわからないのと、数年前友人がスペインで首絞め強盗に遭っているだけに、スペインに本当に行くなら、こうゆうプランがいいのかもしれないと感じた。
思いたったが吉日。
ボーンホルム行きを決めた5年前のあの夜と同じ、奇妙な直感と思い切りの良さで、3週間後のバルセロナ行きが不意に決定した。
そうと決まれば即行動が身上。
T氏に謝りと感謝を伝え、とっととH○Sに申し込む。
キャンセル可能な期間が一切ないくらい出発までの日がない上、数年前イベリア航空が撤退して以来、日本からスペインへの直行便は存在しない。
ヨーロッパまではJAL便で飛べても、乗り継ぎ便のチケットが取れるかどうかはキャンセル待ちの状態だった。
しかし。
天は我に味方す。
こういうときの私の強運ぶりには定評あり。
2日後には空席確保の連絡があった。
それから。
何事もないかのように仕事をこなす傍ら、
昼休みごとにガイドブック買いに行ったり、
旅行代金支払に行ったり、
久々のヨーロッパに備えて向こうの友人たちに連絡を取ったりしたわけだ。
当然のように「スペイン来るお金と時間があるならデンマーク来なさいよ!」というお叱りも受けつつね(笑)。
まじめに仕事しつつも、心は既に地中海の空の下。
今回の経験値。
「行こうと思えば来週にでも海外に行くことは可能。(お財布と仕事さえ許せば。)」
忘れた頃に更新と相成りました。
本人も、帰国したばかりの新鮮な感動を掘り起こす旅行記執筆。
今回の旅行記は1日ごとの日記ではなく、題名ごとの小編エッセイの形式にして、完結したらまとめてHP本体に更新する予定。
ここには、こつこつ書き溜めてこっそり更新(笑)。
なぜなら1ヶ月2ヶ月ではなく、たった4泊6日の旅行だったから。
一度日本を出たら陸路で何本かの国境を越えるのが私流の「旅」だったのに、シャカイジンで、お金は学生時代よりあっても、まとまった時間が取れなくなった今は、「旅」は出来ない。「旅行」しか出来ない。
【旅に出ようと思ったら】
遅れてやってきた夏休みが8月末から9月頭に取れることが確定したのは、8月に入ってからのこと。
夏休みは5営業日分。前後の土日をフルにくっつければ9日間。
かつての私にとって、海外へ「旅」に出るのは、短くても1ヶ月単位だったから、たった9日間で「旅」に出る気はさらさらなかった。
でも、今の私にとってはこれが確保できる最も長期の休暇だ、ということに気づいたのは8/5あたり。
そうしたら、むずむずしてきた。
もう2年も日本から出ていない。
デンマークには私との再会を待っていてくれる人たちがいる。
ここで行かなきゃいつヨーロッパに戻れるの?
そして、旅立ちを決心した。
この時点での行き先は、何も悩まずデンマークだった。
とはいえ。
国際便の航空券を買うときの常識として、あるいは、格安航空券購入の常識として、
「2ヶ月前までに空席を押さえ、変更やキャンセルが可能なのは1ヶ月前まで」というものがある。
1ヶ月をきってのキャンセルは不可能ではないのだが、キャンセル料を取られる。「格安」航空券を買う人間にとって、キャンセル料を払うなんて狂気の沙汰だ。
だから、出発まで3週間あるかなしかという時期に航空券を探し始めるのは、、私にとっても未知の経験だった。
?インターネット
SEという職業になる前からこんなHPを主催してる私にとって、インターネットは非常に身近だ。
「大学生協」という心強い味方を使えない現在の身分では、やはり手っ取り早い情報収集はネットからということになる。
格安航空券の検索から、空席状況照会まで何でもできる。
ただ、さすがに格安とはいえヨーロッパ便は10万そこそこはするから、ネット上で購入するには勇気がいる。
?旅行代理店勤務の友人
しかし、こういうときの強い味方が身近にいた。
大学時代のオケ仲間でロシア語のできるT氏がロシア系に強い旅行代理店に勤めているのだ。
空席照会の結果だと、安さから考えればモスクワ経由のアエロフロート(ロシア航空)だったこともあり、
さっそくT氏に詳細な時間を含めた空席チェックをお願いする。
?勤務先最寄の旅行代理店
現在の私はなんちゃて丸の内OLだったりする。
自分の所属する会社ではなく、お客様のところに常駐して仕事をしているためだ。派遣というわけではなく。
IT業界的には普通の勤務形態の1つ。
まあそれはともかく、丸の内エリア再開発で丸ビルやらオアゾやらでかなり「イマドキ」な街で働いている地の利を活かし、昼休みに情報収集を兼ね、某大手旅行代理店にパンフレットをあさりに行った。
と、そこで。
見つけてしまったのだ。
私を呼んでいる1枚の写真を。
サグラダ・ファミリアが私を呼んでいた。
帰国して2ヶ月近くたつ今考えると、その前の週末に読んだ、サグラダ・ファミリアの彫刻家外尾悦郎氏のインタビュー記事が意識の片隅に残っていたせいだろうけど。
ともかく、急転直下、スペインに行きたい気分になってしまったのだ。
しかも。
20万そこそこでJAL往復とホテル4泊とバルセロナ半日観光つき、余分なぞろぞろ観光は一切なしのプランも良かった。
日本人の観光客のステレオタイプとしてデンマーク人によく言われた、カメラぶら下げて大人数でぞろぞろとガイドさんの後について歩くのって性に会わなくていらいらする人間だし。
そもそも、12カ国も個人旅行してきた人間が、いまさらそんなツアーにのるわけがない。
航空券と初日の宿だけ押さえて飛び出しちゃうのが私流だった。
でも、スペイン語圏は初。
英語がどこまで通じるのかがわからないのと、数年前友人がスペインで首絞め強盗に遭っているだけに、スペインに本当に行くなら、こうゆうプランがいいのかもしれないと感じた。
思いたったが吉日。
ボーンホルム行きを決めた5年前のあの夜と同じ、奇妙な直感と思い切りの良さで、3週間後のバルセロナ行きが不意に決定した。
そうと決まれば即行動が身上。
T氏に謝りと感謝を伝え、とっととH○Sに申し込む。
キャンセル可能な期間が一切ないくらい出発までの日がない上、数年前イベリア航空が撤退して以来、日本からスペインへの直行便は存在しない。
ヨーロッパまではJAL便で飛べても、乗り継ぎ便のチケットが取れるかどうかはキャンセル待ちの状態だった。
しかし。
天は我に味方す。
こういうときの私の強運ぶりには定評あり。
2日後には空席確保の連絡があった。
それから。
何事もないかのように仕事をこなす傍ら、
昼休みごとにガイドブック買いに行ったり、
旅行代金支払に行ったり、
久々のヨーロッパに備えて向こうの友人たちに連絡を取ったりしたわけだ。
当然のように「スペイン来るお金と時間があるならデンマーク来なさいよ!」というお叱りも受けつつね(笑)。
まじめに仕事しつつも、心は既に地中海の空の下。
今回の経験値。
「行こうと思えば来週にでも海外に行くことは可能。(お財布と仕事さえ許せば。)」
コメント